日本の宝でお笑いの神様のような存在だった志村けんさん。
お笑い一筋でやってきた芸歴48年。
70歳を迎えてもコメディアンとして現役バリバリでご活躍され、亡くなる直前までその芸風は昔と同じまま。
それがいかに凄いことで偉大なことだったのか……。
多くの人々の心を明るく元気にさせ、自然と笑顔にさせてくれた志村さん。
この記事ではそんな志村さんが残してくれた、今も私達の心に居続けている人気コントキャラのモデル元ネタや、ギャグ一覧と由来についても紹介してきます。
目次
志村けんのバカ殿モデルは誰?
志村けん=バカ殿様というくらい志村さんがこれまで生み出したコントの中でも飛び抜けてインパクトが強いキャラクター。
志村さんの冠番組である「志村けんのバカ殿様」の主人公で、いつもいたずらばかりするけどどこか憎めない愛すべき存在。
今でも多くの人々の心に生き続け、顔一面を白く塗った太眉毛の殿様姿はどこか滑稽で見ているだけで楽しませてくれるまさに志村さんが求めていた笑いの象徴とも言えます。
番組は1986年から不定期で放送され亡くなる直前まで続いていました。
そんなバカ殿様は有馬家の殿様がルーツだと言われています。
有馬家とは初代の久留米藩主で、関ヶ原の戦いで手柄をたてた有馬豊氏が徳川家から報酬として久留米を頂いたことが始まり。
競馬で有名な「有馬記念」にも有馬家は深く関わっており、競馬業界に多大な影響を与えた有馬家第15代当主の功績をたたえるためにこの名がつけられたんだそうです。
そんな有馬家のお殿様を描いた作品が松竹新喜劇の「はなのお六」というお芝居!
この芝居の中のお殿様は白塗りでふざけたキャラクターでありながら多くの人々から愛される存在。
このように面白く描かれていたのには理由があり、歴代有馬藩主の中にはお堀をプールにして侍女と一緒に泳いだという変わり者もいたからなんだそうです(笑)。
まるで志村さんが演じるバカ殿様そのものですよね。
この殿様を演じていた小島慶四郎さんは2019年に既に他界されていますが、多くのファンから愛されていた役者さんでした。
このあたりも志村さんに通じるものがありますよね。
志村けんの変なおじさんの元ネタは?
「変なおじさん」とは志村さんの冠番組「志村けんのだいじょうぶだぁ」から生み出されたコントキャラクター!
頭は禿げ上がり、ラクダシャツ&モモヒキの腹巻きが定番のスタイル。
若い女性が集まっているところに忍び込み何食わぬ顔で登場する見た目も行動も全てが変なおじさん。
女性にちょっかいしたのがバレるとお決まりの言葉で開き直ります。
なんだチミはってか?そうです!私が変なおじさんです
引用元:志村けんのだいじょうぶだぁ
その後に変なおじさんダンスと歌を披露!
変なお~じさんだから変なお~じさん……
引用元:志村けんのだいじょうぶだぁ
実はこの歌は元ネタがあって歌手の喜納昌吉さんのデビュー曲の「ハイサイおじさん」という楽曲が元となってアレンジしているんだそう。
一度聞いてみるとわかると思うのですがメロディーが非常によく似ており、ずっと聞いているとだんだん変なおじさんにしか聞こえなくなってきます(笑)。
そして踊り終わると必ずこの台詞を言って頬を膨らませるのがお決まりのポーズ。
だっふんだ
引用元:志村けんのだいじょうぶだぁ
そんな変なおじさんのモデルは自分の分身で願望の表れなんだとか!
毎回オチが同じなのに不思議と観客を飽きさせないところが素晴らしい(笑)。
言葉がまだわからない子供でも見ているだけで楽しませてくれて、見た目は強烈なのになぜか憎めないおじさん。
この面白さは国境を越えても伝わり、変なおじさんは台湾でも大人気!
志村さんの面白さは日本だけにとどまらず、台湾の人たちにも愛されていたという事実に改めて志村さんのすごさを感じさせます。
志村けんのひとみばあさんの由来は?
「志村けんのだいじょうぶだぁ」のコントキャラのひとりで、いつも度の強い眼鏡をかけている言動や行動がズレまくっているひとみばあさん。
ファンファンファンファン……
引用元:志村けんのだいじょうぶだぁ
荒い息づかいが特徴的で、息を止めない限り止まりません。
バカ殿や変なおじさんに匹敵するくらい超強烈キャラで、志村さんが演じる女性役の中でも一番人気のあるキャラクター。
「家政婦」「バスガイド」「マッサージ師」「ゴルフキャディ」「中華料理屋」「理髪店」など、ひとみばあさんは何かしら仕事をしているという設定が多いのが特徴。
毎回会話のキャッチボールが成り立たず、ひとみワールド全開で飛ばしまくり!
その結果相手は振り回されることに……。
その様子がとても面白く映り、見当違いのことばかりするのになぜかひとみばあさんは憎めないお得なキャラ!
そんなひとみばあさんは2016年には菓子メーカー湖池屋の人気商品「カラムーチョ」とコラボされることに!
この度、志村けん扮する「ひとみばあさん」がカラムーチョ、すっぱムーチョ、わさムーチョ(コイケヤ)などのブランドキャラクターに就任しました!豪華賞品が当たるキャンペーンも開催中です!→https://t.co/TdqCm6MjuR pic.twitter.com/5UcqaOOcl5
— BAKATONO(バカ殿) (@BakaTonoShimura) September 15, 2016
このことからも長年人々に愛され続けていたことを感じさせますよね。
ひとみばあさんは実際に新宿にあった割烹居酒屋ひとみの創業者がモデルだったと言われています。
志村けんの「ひとみ婆さん」の元ネタと言われている「割烹居酒屋ひとみ」のビルは閉店情報によると2006年に閉店解体している。
私の手元にある2004年の住宅地図をみると、たしかに【第6ひとみビル】【ひとみ】がまだこの段階では残っている事が確認できる。 pic.twitter.com/vB1ZSfwiqT— Yoyogi-Kaikan Researcher 代々木・代々木会館研究 千代澤(K)氏 (@K_Chiyozawa) April 4, 2020
その店主のお婆さんの声と手が震えていたのに注目した志村さんは、これをヒントにひとみばあさんのキャラを作り上げました。
このお店には志村さん以外にも、タモリさん、所ジョージさん、漫画家の赤塚不二夫さん、ジ・アルフィーの坂崎さんなども通われていたんだとか。
2006年頃に既に閉店されていますが、多くの著名人が何度も通っていた様子からもとっても居心地の良いお店だったことが伺えます。
志村けんの人気ギャグ一覧と由来は?
志村さんはが生み出した人気ギャグネタは数知れず。
その中でも特にみんなが夢中になって人気を集めた、志村さんの代名詞とも呼ばれるギャグネタのを紹介していきます。
東村山音頭
最初はドリフターズの付き人だった志村さん。
当時高校卒業を間近に控えた志村さんは、ドリフターズのリーダーいかりや長介さんの自宅へ直接押しかけ弟子入りを直談判!
最初は追い返されますが、結局志村さんの熱意に根負けし採用されることに。
それから4年後、志村さんは相方を見つけてコンビを結成。
一時は人気を得るものの、次第に上手くいかなくなりコンビは消滅……。
その後仕事がなくなり、結局再びドリフターズの付き人に逆戻り。
そんなときメンバーだった荒井注さんがドリフターズから抜けることになり、志村さんの才能を既に見抜いていたいかりやさんはその代役として志村さんを大抜擢!
最初はメンバー見習いとして加入し、その3ヶ月後に正式にメンバーの一員となります。
しかし当時はいきなり入ってきたど新人に対するお客の目は冷たく、メンバーになってしばらくは受け入れてもらえない苦しい時期が続きました。
そんな志村さんの苦しい状況を救ってくれたのが「東村山音頭」!
当時新潟の公民館で行われた「少年少女合唱隊」のコーナーで、メンバーやゲストが故郷の歌を披露するという場面があり、志村さんはそこで地元の東村山音頭を披露!
これが思いのほかお客にウケて人気を集めたため、毎回このコーナーの最後に歌うことに。
1~4丁目までリメイク版が制作され、1丁目で毎回志村さんが披露する面白い衣装はコーナーの目玉になるほどの人気ぶり!
そのおかげで一気に東村山の知名度が上がり、志村さんは当時の東村山市長から感謝状が贈られるほど。
レコード化もされ、2001年の紅白に出場した際にもこの歌を披露!
今でも志村さんの代表曲として愛され続けています。
カラスの勝手でしょ〜
童謡のカラスが主役の歌「七つの子」の出だしの部分を志村さんが替え歌風に面白くアレンジしたことで有名に!
どうやら近所の子供達が遊んでいたときに使っていた言葉がヒントになったんだそうです。
特に子どもたちの間で流行し、前半のコントや後半のコントか「少年少女合唱隊」のコーナーに登場するお決まりのネタとして人気を集めました。
今となってはあまりにもこの歌詞が浸透しすぎて、どっちが本家かわからなくなります(笑)。
最初はグー
じゃんけんする時のお決まりの合言葉として使われている「最初はグー」ですが、実はこれは志村さんが考案したと言われています。
志村さんが出席したある飲み会の席で誰が会計するのかをじゃんけんで決めることになったのですが、酔っ払ってなかなかじゃんけんのタイミングが合わなかったんだそう。
そこで志村さんはみんなで最初にグーを出してタイミングを合わせようと提案。
こうすることによって自然と次のじゃんけんのタイミングが合いやすくなり大好評!
その後「最初はグー、いかりや長介(=チョキ)、頭がパー」にアレンジされて仲本工事さんとのコント「じゃんけん決闘」で使われるようになったことで大人気ギャグに!
当時の子供から現代の子供にまで自然と語り継がれているところからも、志村さんの偉大さを感じさせます。
アイーン
志村さんのギャグネタの代表作のひとつである「アイーン」!
これは「アイーン」と言いながら同時にアゴを少し突き出しながら右肘を曲げた状態で腕を水平近くまで持ち上げて、アゴの近くで手をピント伸ばすポーズのこと。
これをさらに正確にやるには目を寄せるのがポイントなんだとか。
全ては「8時だよ!全員集合」でいかりやさんに怒られたときに発した言葉「怒っちゃやーよ」が始まりだったと言われています。
それがどんどん言い方が変化し、最終的に「アイーン」という言葉に落ち着いたんだそう。
このポーズは事務所の社長に連れて行ってもらったお店にいた芸者を参考にしたという話も。
本人曰く特に言葉に意味はないそうですが、怒られたときに相手を見下すような場面で使うことが多い傾向。
舞台でもいかりやさんが見ていないところでよくこのポーズで観客を笑わせていた様子からも、そんな意味合いで用いていたんじゃないかと思われます。
ただピンと伸ばした手のポーズにはちゃんとした意味があり、自分の抵抗を表す刀であることが本人より明らかにされています。
だっふんだ
志村さんのコントキャラクターの代表作のひとつである「変なおじさん」が、最後のオチに発して笑いを取るという台詞がこの「だっふんだ」!
気まずい状況の中でもこの言葉で全て丸くおさまる的な感じで使われていましたね。
意外にもこのギャグのルーツは落語!
ネタ作りで悩んでいた頃に落語に興味を持ち始めた志村さん。
落語家の桂枝雀さんのファンになり、彼の独演会には何度も足を運ばれていたそうです。
志村さんはそんな枝雀さんの得意ネタである「ちしゃ医者」の登場人物の咳払いの音に着目!
その響きが「だっふんだ」に聞こえてしまったことに面白さを感じ、これがきっかけとなり本人からちゃんと承諾を得てギャグとして使わせてもらうことになったようです。
まさか「だっふんだ」の元ネタが落語だったとは意外でしたね。
だいじょうぶだぁ
このギャグネタは同じドリフターズのメンバーの加藤茶さんと一緒に司会を努めた「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」で生み出されたもの。
志村さん演じる「だいじょうぶだぁ教」を唱えるいかにもあやしい教祖が、三連に改造したうちわ太鼓を叩いた後に言う台詞がこの「だいじょうぶだぁ」。
だいじょうぶだぁ~うぇっうえっうえっ
引用元:志村けんのだいじょうぶだぁ
その後に信者も同じことを繰り返すのがお決まりの流れ。
志村さんの言葉を真似しようとするゲストの姿が面白いと好評で、この単純な笑いは特に子どもたちの間で大ウケ!
その後このうちわ太鼓は商品化され、当時子供がほしいおもちゃの大人気商品にもなり、お土産売り場でもよく見かけていました。
これで遊んでた人いるかな?
子供の頃、だいじょぶだぁ太鼓鳴らして友達みんなで真似してたな
久々に叩きたい#志村けん pic.twitter.com/VBdEaUuLCF— ダンボー@ダイエッター (@choco_mint9393) March 30, 2020
このギャグは志村さんの実の兄の奥さんの故郷である福島の方言がルーツになっているんだそうです。
当時志村さんが兄の奥さんの実家に遊びに行ったときに、奥さんの両親がもてなしてくれた言葉というのがこの「だいじょうぶだぁ」。
この響きが印象的で面白いと感じたことで、このギャグが生み出されるきっかけになったとのこと。
あまりにも人気がありすぎて、その後志村さんの冠番組となる「志村けんのだいじょうぶだぁ」の番組名にもなっています。
まとめ
以上、志村けんさんの代表作であるコントネタのモデル元ネタやギャグ一覧と由来についてお伝えしました。
志村さんが残してくれたお笑いとは偶然できたものではなく、どれも試行錯誤して生み出されたものばかり。
毎回ひとつひとつのコントも丁寧に作り上げお客さんに楽しんでもらうことを第一に考えて自分の信念を貫いた結果、彼はこの世になくてはならない唯一無二の存在に!
知らないうちに多くの人々の心の拠り所になり、見ているだけで安心させてくれる笑いの神様のような存在でした。
志村さんが生み出したコントキャラはどれも憎めない愛されキャラで、志村さん自身にも通じているものがあります。
そんな愛あふれたキャラクターだったからこそ、多くに人々に支持され続けていたのでしょうね。
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